2016年10月22日土曜日

「ICT」はじめました。

本日は9月に引き続き、学校説明会がありました。
9月の説明会はこちらをご覧ください(リンク先が新しいウィンドウで開きます)。
今回は、その説明会の中でも触れられている、本校のICT教育の取り組みについてご紹介します。

ICTってなに?

「ICT」は「information and communication technology」の略語です。

新語時事用語辞典では以下のように説明されています。

学校教育の場に情報通信技術(ICT)を活用すること。具体的には、電子黒板やノートパソコン、タブレット型端末などを用いた教育を指すことが多い。広義のICT教育には、デジタルカメラやプロジェクターなどを用いた教育を含めることもある。
ICT教育の導入により、教師と生徒の間でのコミュニケーションや、生徒同士での学習内容の共有などがより容易に行われるようになり、手段の幅も広がるといわれている。ICT教育が生徒の主体的な学習活動への参加や、学習意欲、思考力、判断力などの向上に繋がることが期待されている。
ICT教育の導入にあたっては、ICTに対する教員側の理解度の低さが問題となることがあり、ICTを活用できる人材の育成が目指されている。また、ICTを正しく使うためのモラルやリテラシーの教育も重視されている。

さて、どうするか

公立校をはじめとして私立校もデジタル教育の波に乗って、続々と校舎のICT化が進められています。

ある学校は全教室に巨大な液晶テレビを設置しています。別の学校では、生徒に一人一台のタブレット購入を義務づけています。はたまた、別の学校では、あえてICT導入に踏み込まない学校もあります。

本校では、闇雲に時流に乗るのではなく、かといって無視するのでもなく、金蘭千里の教育にICTをどう活かせるか、その方向性を探ることになりました。

校内に研究チームを作り、各種勉強会や研修に参加する中で分かったことは、ICTが従来の教育に取って代わるものではなく、従来の教育の可能性を広げてくれるものだ、ということです。

スモールステップで試験導入

半年間の検討を経て、1年目は、高2の普通教室を含めた計7教室にプロジェクターを設置し、併せてiPadを生徒共有機として計40台、教員機として計20台導入しました。

9月に教員対象説明会を開き、高2担当の教員を中心にタブレットを配って、現在プロジェクターを用いた授業が展開されています。

スクリーンの設置場所は黒板の左隅、あくまでチョークで板書するスタイルは継続し、必要に応じてスクリーンを下ろして活用する形にしました。

黒板横の壁にはインターフェイスBOXを設置し、教員はタブレットを使って授業をすることも、ノートPCを使って授業をすることも可能になりました。














11月からは生徒にも

来週には、各種アプリやサービスで個別学習・協働学習が可能となるよう、生徒一人一人にIDを発行します。11月からは、生徒が使用できる共有タブレットを活用した授業も行われます。





生徒が使用するタブレット(赤いのはデジタルペン)









机の上で無理なく使えるよう、iPadminiを採用しました


使ってみて思うこと

タブレットを使って約ひと月半、色々考えさせられることがありました。

これまでの学習スタイルの中心は紙とペンというアナログです。テスト用紙・教科書・ノートには、自由に書き込みができます。いつでも、どんな色でも、どんな線でも。「書く」という行為によって知識が定着し、そのプロセスを通して思考が深まります。

しかも電気は不要で、電子画面と違って目にも優しく、一覧性があります。デジタル化が進む世の中で、紙の手帳が再評価され、人気なのもうなづけます。

しかし、その一方で学習のデジタル化には、多くのメリットがあります。

文字情報だけでなく、音声や動画も教材となります(特にカラーで見られる点は大きいです)。タブレットに情報を送信することで、印刷・配布の手間と時間が省けますし、教材がかさばりません。

慎重、かつ積極的に

一方で、デジタル化には懸念事項も色々あります。

・書く作業量・経験が少なくなる
・学習に関係のないゲームやSNSなどへのアクセス
・フリーズや故障などコンピュータトラブルが起こる可能性

試験導入段階にある本校では、その対策として以下のような方針を採っています。

・タブレットは授業時のみ生徒へ貸与する
・黒板や紙に書く授業をベースにし、ICTはあくまで補助的な役割とする
・生徒機は、教員が管理・コントロールできるよう設定する
・コンピュータトラブルが発生したときの代替手段を常に用意しておく

新大学入試も視野に

こうした情報機器の長所・短所を知っていながら、導入に踏み切ったのには理由があります。

現在の中学2年生から、センター試験は廃止され、新入試制度が始まります。まだまだ情勢は流動的ですが、入学試験や教育現場のICT化、そして社会全体のデジタル化の波は避けられない状況となっています。

そうした時代を生き抜くためには、情報機器に踊らされるのではなく、そうした機器を人生を豊かにするツールとして活用する力を養うことが必要となります。

「非認知能力」と「デジタルリテラシー」

他にもいくつか理由があります。

今、社会で求められる能力として「非認知能力」が注目されています。「非認知能力」とは、性格や対人スキル、コミュニケーション能力、自己管理能力、向上心など、”人生の質を向上させるのに重要な”スキルのことです。

なぜ「非認知能力」への関心が高まっているのでしょうか。

これまでの、知識を増やすだけの「暗記型学力」は、コンピュータに取って代わられると言われています。

「今後10~20年程度で、米国の総雇用者の約47%の仕事が自動化されるリスクが高い」

人間が行う仕事の約半分が機械に奪われる—そんな衝撃的な予測も発表されています〔英オックスフォード大学でAI(人工知能)などの研究を行うマイケル・A・オズボーン准教授による〕

そんな時代だからこそ、コンピュータにはできない、人間だけがもつことのできる能力として「非認知能力」を高めることが大切です。そして冒頭での辞書の定義にもあったように、この能力を高める手段の一つとしてICTは適しています。また、デジタル化の進む社会の中で、ICTを正しく使うためのモラルやリテラシーを身につける必要もあります。

10年後の金蘭千里ってこんな感じ?

話が長くなってしまいました。。。最後に半分本気で、半分冗談みたいなお話を。

10年後には、本校伝統の20分テストもタブレット化し、※デジタルペンで解答する時代になっているかもしれません(!?)


※デジタルペンの描画精度は日進月歩で、鉛筆で紙に書くのと遜色ないレベルに達しつつあります(お時間のあるときに、お店で iPad Pro の Apple Pencil を触ってみてください。書き心地に衝撃を受けると思います!)。「書く」というアナログ作業のデジタル化は、今後ますます進んでいくでしょう。描く作業をフルデジタル化させている漫画家が増えているように。


記述問題を含め、20分テストの採点は人工知能(AI)が行い、結果も即時に出るように。


教科書は全てデジタル化し、生徒のカバンの中身はタブレットとデジタルペンとお弁当のみ。


学習やテストのあり方そのものも変わっていくでしょう。
学習は、マス授業で行うのではなく、個々の生徒の理解度に合わせてデジタル教科書の内容が自動的にカスタマイズされる。

共通テストという概念が無くなり、目標とする学力レベルに到達できたかどうかを確認するためのテストが、ひとりひとりの生徒に最適化された形で随時出題される。


そもそも生徒と教員はオンラインでつながっているため、基礎学習の授業は教室で行う必要がなくなる。


・・・・・・。


では、学校の存在価値、教員の存在価値はどこにあるのか。


物理的な意味での学校は、ますます協働学習の場として機能し、個人の学習はAIが担うことになるかもしれません。そして教員は、知識を伝えるだけの役割を終え、学習活動全体のデザインをし、コンピュータではカバーできない側面をフォローする、アドバイザー的な役割を担っていくことになるでしょう。


こうしたことを夢物語だと笑えないほど、教育のあり方、学校のあり方、学習のあり方は目まぐるしく変化しています。



とにもかくにも、今年度のICT導入を機に、本校の教育システムのあり方そのものの検証作業を多角的に行い、デジタルとアナログの良い面を共存させながら、金蘭千里ならではのICT教育の方向性について考え続け、悩み続けていこうと思います。